安易に使うと大損する制度なので、基本的には使わない方が良いです。
今回は、不動産の贈与を例に挙げ、贈与のひとつの手法である「相続時精算課税制度」の有効活用方法について秋田市の税理士 坂根が解説します。
この制度を使えば、2500万円までの生前贈与について、贈与税の負担なく子供に財産を移転させることができます。ただし、うまく活用すれば大きな節税効果を生み出す一方で、失敗すると、大きく損をしてしまいます。専門家への依頼が必須です。
※記事公開時点の法律に基づきます。
\初回無料診断/
2500万円の生前贈与「相続時精算課税制度」の具体的活用例:不動産の贈与
相続税は亡くなった時の財産額に応じてかかる税金のため、相続税対策は、生きており、かつ、元気なうちにしか行うことができません。
相続税の節税手法としては、子どもや孫に現金の贈与を行う方法がよく用いられています。
その中でも、毎年コツコツ110万円ずつ贈与を行う方法は王道です。
しかし、年齢やお持ちの財産額によっては、「不動産の贈与」など、別の方法を行うことが相続税の節税のために有効な場合があります。
次に、贈与による相続税対策のうち、不動産の贈与について、ご紹介します。
※その他の節税方法については「【相続税対策5選】生前にすべき節税方法を相続税に強い税理士が解説」をご覧ください。
現金の110万円贈与では節税効果が低い場合に不動産の贈与を検討
収益物件(不動産)の贈与は、大きく相続税を節税できる可能性がある
収益物件とは何か
収益物件とは、収益を生み出す物件、つまり、その物件を持っていることで利益を生み出してくれるモノのことを言います。
具体的には投資用不動産。いわゆる賃貸アパート等がこれに該当します。
これらの収益物件を贈与することで、相続税の節税に大きく貢献できることがあります。
なぜ収益物件を贈与することが相続税対策において有効か
収益物件を持ち続けていると財産が増える = 支払うべき相続税が増える
収益物件を持ち続けていると財産が増えていきます。
「いいことじゃないか」と普通の方は思うでしょう。確かに、財産が増えれば普通は嬉しいです。
しかし、相続税の観点から考えるといかがでしょうか。
相続税は、亡くなった時点の遺産額に応じてかかる税金です。
つまり、投資用不動産などの収益物件を持ち続けていると、財産が増え、相続税がかかる金額(亡くなった時点の遺産額)も増えていきます。
したがって、収益物件は早めにお子さんに贈与する等して、手放すことで相続税の節税をできる可能性があります。
相続税の基本的な仕組みについては、「相続税はいくらからかかるのか?無税になるのはいくらまで?」の記事をご覧ください。
お金を生み出す賃貸不動産は、早めに子どもに移した方が良い
メリット:110万円贈与より、相続税を節税できる可能性がある(収益物件をお子さんに贈与した場合)
収益物件をお子さんに贈与するとどうなるでしょうか。
財産額1,000万円の収益物件を子どもに贈与したとします。
そうした場合、まずお子さんには、財産額1,000万円の不動産を受け取ったことに対して、贈与税の支払いが約180万円発生することになります(お子さんは成人であることを前提とし、詳細な説明は省きます。詳しい計算式は国税庁タックスアンサー No.4408 贈与税の計算と税率(暦年課税)をご覧ください)。
しかし、その後、収益物件が年間200万円の利益を生み出したらいかがでしょうか。
15年後には3,000万円(200万円×15年)の財産がお子さんに残ります。
この場合、3,000万円の財産をお子さんに移転できたことになりますが、贈与税がかかったのは、贈与時の財産価値1,000万円部分のみになります。
つまり、3,000万円と1,000万円の差額2,000万円については、贈与税も相続税もかからず財産の移転を行うことができたと言えます。
このように、あえて110万円を超えた贈与を行うことによって、結果として贈与税と相続税のトータルの支払いを抑えることができる場合があります。
ただし、これはお持ちの財産額や家族構成、年齢などによって、どのような方法を採るべきかが異なるため注意が必要です。
110万円を超えた贈与を行うと、贈与税はかかる。
ただし、相続税と贈与税のトータルで考えた場合はお得になることがある。
デメリット:相続税対策で収益物件を贈与した場合、贈与税がかかる
収益物件の贈与による相続税対策には、一つ大きなデメリットがあります。
それは、贈与を行う際、基本的に贈与税がかかってしまうことです。
賃貸アパート等の収益物件は不動産ですから、やはり財産価値が高いです。
100万円、200万円では収まらず、1,000万円、2,000万円以上の価値があることも多いでしょう。
贈与税は、贈与を受けた財産額が多ければ多いほど、多額にかかる税金です。
したがって、収益物件の贈与を受けた場合は110万円を大きく超え、贈与税がかかることが一般的です。
このように、収益物件の贈与は贈与税がかかってしまうことから、二の足を踏んでしまう方が多く、収益物件の贈与を行う際の心理的ハードルは高いです。
また、不動産の価値によっては多額の贈与税がかかり、相続税の税率の方が低いことがあります。
つまり、贈与しない(相続で財産を移転する)方が、少ない税金で財産を移転できることもあるため注意が必要です。
考え無しに不動産を贈与すると、贈与しない方がお得なこともある
2500万円の生前贈与:相続時精算課税制度を活用する
上記で説明したように、不動産の贈与には、贈与税がかかってしまうことが少なくありません。
次に、贈与税の支払いを抑えて不動産の贈与を行うための手法をご紹介します。
相続時精算課税制度:贈与税の支払いを抑える魔法の贈与
相続時精算課税制度とは、贈与税の支払いをかなり抑えた贈与を行うことができる、魔法の贈与です。
この制度は一般の方への知名度が低いため、税理士以外は聞いたことが無いような制度です。
この相続時精算課税は、贈与税の支払いを抑える観点からはメリットが大きいですが、反面、大きなデメリットも抱えている諸刃の剣です。
どのようなメリット・デメリットがあるのか解説していきます。
メリット:贈与税の支払いを抑えることが可能
贈与税の壁が110万円 → 2,500万円に
相続時精算課税の最大のメリットは、贈与税の支払いをかなり抑えられることです。
この制度を活用した場合、何と2,500万円の贈与まで贈与税の支払いをする必要がありません。
通常、贈与税の壁は110万円ですが、相続時精算課税を活用した場合は贈与税の壁が2,500万円に跳ね上がります。
贈与税の壁2,500万円を超えても税率20%
通常の贈与の場合、贈与を受けた財産の額に応じ、最大55%の贈与税がかかります。
したがって、一度に多額の贈与を行った場合、高額な贈与税がかかってしまいます。
一方、相続時精算課税を活用した場合、贈与税の税率は一律20%です。
したがって、一度に数千万円、数億円の贈与を行う場合、この制度を活用することで贈与税の支払いを抑えて財産の移転を行うことができるというメリットがあります。
相続時精算課税制度を使うと、一時的に支払う贈与税の負担を少なく、子どもに財産を移すことができる
デメリット:メリットは大きいがデメリットも大きい
相続時精算課税制度は上述したように数多くのメリットがあります。ただし、その分、気を付けなければならないデメリットもあります。
相続時精算課税制度のデメリットの一例
- 贈与税110万円の非課税枠を一生つかえなくなる
- 贈与が無かったことにされる
- 2,500万円以下の贈与であっても期限内に申告が必要
- 一度選択すると元に戻れない
- 小規模宅地等の特例を使えない
- 不動産取得税がかかる
- 登録免許税が高くなる
- 贈与した財産を物納対象に充てることができない
贈与税110万円の非課税枠を一生つかえなくなる
通常の贈与であれば、年間110万円までは無税で贈与を受けることができます。
一方、相続時精算課税を活用した場合、2,500万円まで贈与税がかからなくなりますが、2,500万円の枠を使い切ったあとは一切非課税枠(贈与税がかからない金額)が無くなってしまいます。
つまり、2,500万円の贈与を受けた翌年以降、110万円以下の贈与を受けたとしても贈与税が20%かかってしまうというデメリットがあります。
贈与が無かったことにされる
上記の110万円の非課税枠が無くなってしまうことも大きなデメリットですが、「贈与が無かったことにされる」。これが最大のデメリットです。
相続税は、亡くなった時点の財産額に応じてかかる税金です。
したがって、お子さんに贈与を行い財産額を減らしておけば、亡くなった時点の財産額が減るため、相続税の支払いも減ることになります。
しかし、この相続時精算課税という贈与を使った場合、贈与をした財産は、その贈与が無かったものとして、亡くなった際の財産額に足し戻して相続税がかかるという特徴があります。
支払った贈与税については相続税から差し引ける(相殺できる)ことになっていますが、相続時精算課税を使った場合、結局その贈与が無かったことにされるため、いくら贈与をしても相続税が減らないという大きなデメリットがあります。
※ 不動産相場の価格変動は無いものとして解説しています。
贈与税 | 相続税 | 備考 |
20% | かかる※ | ※支払った贈与税は相続税の前払いとして取り扱われるため、相続税から差し引ける(=相続税計算上、贈与が無かったことになり、贈与税の支払いも無かったことになる) |
相続時精算課税制度で現金を贈与しても、節税効果は無い
期限内申告が要件
贈与税の申告は、贈与を受けた翌年の3/15までに行う必要があります。
通常、110万円以下の贈与であれば、贈与税の支払いも、贈与税の申告も行う必要はありません。
これに対し、相続時精算課税を適用した場合、2,500万円の非課税枠があります。
しかし、例えば2,000万円の贈与を受け、2,500万円以下であったとしても3/15までに申告を行う必要があります。
もし3/15までに申告を行わなかった場合、非課税の適用を受けることができません。
つまり、2,000万円×20%=400万円の税金を支払うことになるため注意が必要です。
2,500万円以下の贈与であっても期限内に贈与税の申告が必要
一度レールを外れると戻れない
相続時精算課税は、一度適用すると継続しなければなりません。
110万円の非課税枠がある贈与が通常の贈与制度ですが、相続時精算課税は選択制です。
使いたいと言い出さない限り、相続時精算課税を使うことはできません。
ただし、一度相続時精算課税を選択した場合、以後永久に、110万円の非課税枠がある贈与制度に戻すことができないため注意が必要です。
110万円の贈与を受けたとしても、合計2,500万円の範囲内かどうかで判断されます。つまり、2,500万円を超えたあとの贈与については、1万円の贈与(110万円以下の贈与)であっても20%の贈与税がかかります。
したがって、相続時精算課税を使うタイミングや、本当に使うべきかは慎重に検討する必要があります。
110万円の非課税枠は二度と戻らない
不動産取得税がかかる
不動産取得税は、不動産を購入したり、贈与を受けたときにかかる税金です。ただし、不動産を相続したときには原則として課税されません。
つまり、相続によって不動産を子どもに移転した場合は不動産取得税がかかりませんが、相続時精算課税制度によって、不動産を子どもに贈与した場合は不動産取得税がかかります。
不動産取得税がいくらかかるかについては、「不動産取得税は相続した時はかからないが注意点アリ。税理士が解説」の記事をご覧ください。
不動産取得税は、相続の場合は原則かからない。ただし、相続時精算課税制度によって贈与した場合はかかる。
登録免許税が高くなる
登録免許税とは、不動産の登記を行ったときにかかる税金です。つまり、親から子どもに、不動産の所有権が移った時にかかります。
これは、不動産を相続で子どもに移しても、贈与で子どもに移してもかかります。ただし、相続の場合は不動産の固定資産税評価額の0.4%、贈与の場合は原則として2%となっているため、贈与して、かえって損をする結果になることもあります。
登録免許税は、相続の場合は0.4%だが、贈与(相続時精算課税制度)の場合は2%と高くなる。
贈与した財産を物納の対象にすることができない
相続税は原則として、お金で一括払いをしなければなりません。
ただし、一部例外として、厳しい条件をかいくぐれば、不動産などの「物」によって税金を納めることが許されています。それが「物納」と呼ばれる制度です。
ただし、相続時精算課税制度によって贈与した財産は、物納の対象にすることができなくなります。
相続税が払えない場合の対処方法については、「相続税を払えない場合の4つの対処方法を相続税に強い税理士が解説」の記事をご覧ください。
相続時精算課税制度の具体的な活用事例
上記のようなデメリットがあるため、相続時精算課税の使いどころは難しく、積極的に提案している税理士は多くありません。
それでは、この相続時精算課税、どのような場合に使ったほうが良いのでしょうか。
活用方法の一例をご紹介します。
高額な収益物件の移転
例えば1億円の収益物件(不動産)を成人したお子さんに贈与したとします。
- 通常の贈与(暦年贈与):1億円 × 55% - 640万円 = 4,860万円
- 相続時精算課税:(1億円 - 2,500万円) × 税率20% = 1,500万円
通常の贈与であれば最高税率55%が適用され、約4,800万円の贈与税を支払う必要があります(詳細な計算方法については国税庁タックスアンサー No.4408 贈与税の計算と税率(暦年課税)をご覧ください)。一方で、相続時精算課税を使った場合の贈与税は1,500万円です。
1,500万円の贈与税で1億円の収益物件をお子さんに移転することができました。
このように、一度に多額の財産を贈与する場合は、相続時精算課税を使った方が贈与税の支払いを抑えることができます。
ただし、先ほど解説したとおり、亡くなった際、この贈与は無かったことにされます。
「これでは贈与する意味が無いのでは?」と思う方もいるかもしれません。
しかし、この制度は、あくまでも「贈与したモノ(収益物件そのもの)のみの贈与」が無かったこととされます。
つまり、この1億円の収益物件から得られる利益は、全額贈与を受けたお子さんのモノになります。
したがって、相続時精算課税を使う場合、収益物件から得られる利益については無税で移転させることができます。
簡単にまとめると、以下の通りです。
贈与した収益物件 | 亡くなった際、相続税がかかる(贈与が無かったこととされるため) ※贈与税の負担は実質0・・・贈与税を一旦支払う必要がありますが、亡くなった際に、相続税の前払いとして取り扱われるため。 |
収益物件から得られる利益 | 贈与税・相続税の支払い無く、お子さんへの財産移転に成功 |
このように、高額な収益物件などの贈与を行う場合、相続時精算課税を上手に活用できると贈与税、相続税トータルの支払いを抑えられる場合があります。
小規模宅地等の特例を使えない
「小規模宅地等の特例」とは、自宅や賃貸マンション等を相続した際、最大で土地の評価額を8割下げる制度です。小規模宅地等の特例は、相続や遺言書によって引き継いだ土地について利用できる制度ですが、「贈与」の場合は使うことができません。
相続時精算課税制度は、「贈与」の手法の一つですので、相続時精算課税制度によって土地を子どもに贈与した場合には、その土地について小規模宅地等の特例を使うことができません。
なので、相続時精算課税制度を活用する場合には、建物のみを贈与し、土地については贈与しないことが一般的です。
相続時精算課税制度を活用して不動産を贈与する場合、建物のみ贈与するケースが多い
上述したように、相続時精算課税は扱いが非常に難しいため、活用する際は税理士への依頼が欠かせません。ぜひお気軽にご依頼ください。
\初回無料診断/